介護の目的は自立支援です。
介護が必要な高齢者であっても、残った力や機能を使って、できる限り自分でしてもらうように支援しなければなりません。
そのために介護職は環境整備をしたり、どうしても自分でできないところをフォローしたりするのです。
しかし、介護側の都合で必要以上に手を出してしまっている状況が多々見られます。
介護側の我慢のなさであったり、時間の都合であったり、時には周囲の目を気にして手伝っている場合もあるでしょう。
それが結果的に利用者の能力を奪ってしまうことになります。
非常に悩ましい問題です。
さて、そんな悩みを抱えながら、先日牛丼屋に立ち寄った際、バシッと自立支援をしている素敵なご夫婦に出会ったのでご紹介します。
時間がかかってもいっさい手を出さない奥様
深夜23:00ごろ、有名な牛丼チェーン店で食事をしていたところ、一組のご夫婦と思われるカップルが入店してきました。
年のころは60歳前後だと思います。
先に入ってきた奥様の後ろから、ご主人が不自然な歩き方でついてきます。
よく見ると、右腕は指の先まで垂れ下がっている状態で、右手には保護する目的と思われる軍手をはめておられました。
どうやら弛緩性の麻痺の後遺症をお持ちのようです。
足にも麻痺があるようで、不安定な歩行状態です。
そのお店は、入り口の券売機でチケットを購入し、カウンターでトレーに乗せられた商品を受け取って自分でテーブルまで運ぶ方式です。
まず、奥様が商品を受け取り、テーブル席に着きました。
しかし、ご主人はなかなかカウンターから席に移動してきません。
奥様はカウンターを背にして座り、ご主人の方をまったく振り返ろうとしませんでした。
10分ぐらいかかってご主人がトレーを持ち、やっとテーブル席に移動してきました。
トレーをテーブルに置き、自分で椅子を引いて、ゆっくりと席に座ります。
その間も奥様はいっさい手伝う様子はありません。
それどころか、ご主人は奥様の分の水まで持ってきていたのです。
水をもらった奥様は「ありがとう」と軽く言うだけでした。
その姿が本当に日常的で、とても素敵に見えたのです。
夫がかわいそうに見えるのは理解できていない証拠
注文をしてから商品を受け取り、テーブル席に移動するまで、ご主人はひどく時間がかかっていました。
何も知らない周囲の人としては「手伝ってあげたらいいのに」と思ってしまうほどです。
しかも、奥様はカウンターに近い方の席に座りました。
ご主人はテーブルを過ぎて、くるっと方向転換してから座らなければなりません。
でも、ご夫婦の間では、そんなことはいっさい話題にあがりませんでした。
しごく日常の生活のようでした。
これがこのご夫婦にとって当たり前なのだと思いました。
決して意地悪をしているわけではなく、無関心なわけでもないのです。
奥様の中で夫は支援が必要な人ではなく、夫という認識なのです。
弱者だから自分が支援しなければならないのではなく、夫婦としての関係なのだと思いました。
どこにでもいるような仲の良いご夫婦で、ただ夫の身体に右片麻痺があるだけです。
だから、当たり前のようにご主人が奥様に水を持ってきてあげたのでしょう。
さらに一歩踏み込んで考えると、奥様がカウンターに背を向けて座ったのには、理由があったのだと思います。
夫が困っているのが見えると、気の毒に思って手を出したくなるのでしょう。
店員や他の客の手前もあるでしょうから。
見えない位置に座ることによって、自分の精神状態を落ち着かせ、待てるようにしていたのだと思います。
自立支援は特別扱いしないこと
ご夫婦の関係性を見ていると、どこにでもいる夫婦となんら変わりがありません。
唯一違うところは、ご主人が右片麻痺であることです。
しかも右腕は完全な弛緩麻痺ですから、決して軽い障害ではありません。
でも奥様は、夫は時間がかかっても自分でできるとわかっているから、ごく普通の夫婦としての振る舞いをしているのです。
そして、夫もそれを受け入れ、妻に接しています。
こんなに大変な思いをしているのだから、少しは手伝ってくれてもいいのに、などという素振りすら見せませんでした。
お互いに理解がないと、とてもできない接し方です。
ご主人がしっかりと精神的に自立されているのがよくわかりました。
だから特別扱いすることなく、転倒するんじゃないか、困っていないか?と心配することなく、ただひたすら待っていたのでしょう。
傍らから見ていると、つい奥様を冷たい人間のように感じてしまうかもしれません。
もう少し気にしてあげてもいいじゃないか、と思う人もいるでしょう。
もしかしたら奥様も、そんな他者からの視線を感じてきたのではないでしょうか。
つらい思いをしてきたのかもしれません。
だから夫のことを見ないのではないでしょうか。
お互いに通じ合ってるからこそ、できる対応なのだと思います。
まとめ
片麻痺になっても、今までの夫としての役割を変えない夫婦の姿に、ひとつの自立支援の形を見ました。
ご主人は大きな障害を持っても、奥様に必要以上に依存することなく生活しているのがわかりました。
そして、奥様もそんなご主人の役割を奪うことなく、支えておられました。
相手をどう認識するかということや、役割の維持、そして過剰介護をしない、ということは、いっぽうの努力だけではできないことだと思います。
お互いに信頼し合っているからこその姿に、感銘を受けた次第です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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